真言宗豊山派とは

真言宗豊山派について

shingonshu buzanha

真言密教の歴史は、大乗仏教を大成する形で7世紀ごろのインドで始まり、やがて中国に伝えられます。 そして弘法大師が長安にわたって、恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から真言密教の教えを授かり、日本へと伝えられました。

弘法大師によって開宗された真言宗は、東寺や高野山を中心に広められます。

その教えは自分自身が本来持っている「仏心(ぶっしん)」「限りない人格」「さとりの世界」を、「今このとき」に呼び起こす即身成仏(そくしんじょうぶつ)に求められます。それは、自分自身を深く見つめながら、「仏のような心で」「仏のように語り」「仏のように行う」という生き方です。


平安の末期に興教大師によってさらに新しい力が吹き込まれると、根来寺(ねごろじ)が創建されました。 鎌倉時代になり、頼瑜僧正(らいゆそうじょう)によって新義真言宗が成立し、根来寺を中心に栄えましたが、戦国時代の戦渦により、専誉僧正(せんよそうじょう)はじめ多くの僧侶が根来寺を離れることになりました。


その後、豊臣秀長公に招かれた専誉僧正は、奈良の長谷寺(はせでら)で、豊山派を興します。 派名は長谷寺の山号(さんごう)「豊山(ぶざん)」に由来します。

江戸時代、五代将軍徳川綱吉公の生母である桂昌院が護国寺を建立し、護国寺は豊山派の江戸の拠点として末寺を増やしました。

現在は、総本山を奈良県桜井市の長谷寺に定め、大本山を東京都文京区の護国寺として、全国に約3,000ヶ寺、僧侶(教師)数、約5,000人、檀信徒数200万人にも達する宗教団体です。